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第29話 祝宴

Author: 青砥尭杜
last update Last Updated: 2025-02-21 22:41:07

 レザレクション大聖堂で執り行われたカイトの叙任式典が滞りなく済んだ後、カイトを初めとする式典の参列者たちは祝宴の会場となるブレビス離宮へと移動した。

 ブレビス離宮はミズガルズ王国の王太子が代々東宮としていた宮殿を、現在の女王セルリアンの先代に当たるプラド国王が男子を残すことなく崩御したことで迎賓館として利用されるようになった宮殿で、レザレクション大聖堂から馬車で十数分の位置にあった。

 ブレビス離宮の周囲には魔道士ではない一般の兵士が警備のために配置され、王太子の宮城として設計された離宮の周辺には人々が集まれるような広場などは無いこともあって一帯は静かな空気に包まれていた。

 祝宴の参列者は主賓であるカイト。トワゾンドール魔道士団のメンバーで式典に参列した六名と、顧問であるエルヴァ。女王セルリアンとその王配ケンゾー。王太子タンドラとその妃であるディアナ。宰相セルシオと枢密院議長マジェスタを始めとするミズガルズ王国の首脳陣。御三家と呼ばれるジウジアーロ家、ファリーナ家、ガンディーニ家を始めとする一部の有力貴族……という少数に限られていた。

 祝宴は正式な午餐会ではなく、立食形式がとられた。

 数百人を収容できる規模の会場となった「羽衣の間」には奥に大きなステージが設置され、数十の円卓が並んでいた。円卓には彩り鮮やかな料理が並べられ、それぞれの円卓を担当する数十人のウエイターが配置についていた。

 セルリアンとケンゾー、そして主賓のカイトがステージへと上がり、カイトの魔道士叙任と筆頭魔道士団の首席魔道士への就任を祝う祝宴は始まった。

 乾杯に先立ち、セルリアンが短くスピーチした。

「カイト卿の加入によって、戦地において我が国を代表する筆頭魔道士団、トワゾンドール魔道士団の首席魔道士が不在という事態が解消されました。これはミズガルズ王国にとって、この上なく喜ばしいことです。昨今のテルスは予断を許さない情勢が続いています。カイト卿はミズガルズの地にもたらされた光明。その希望を祝うことができる今宵の席を、わたくしは忘れることが無いでしょう。本日は形式ばった午餐会ではありません。参列の皆には本日、この宴を存分に楽しんでもらいたく思います」

 参列者全員がシャンパンの注がれたグラスを持ち、乾杯の挨拶はセルシオが行った。

「女王陛下、ご列席の皆様。本日ここにカイト卿の叙任と首席魔道士への就任を迎え、祝宴を催す機会を得ましたことは、私の心から喜びとするところであります。テルスの緊迫する情勢において、カイト卿の着任はミズガルズ王国にとって正に福音でありましょう。ご列席の皆様には、本日は是非くつろいでいただき、交流を更に深められんことを希望いたします。ご列席の皆様、陛下のご健康と一層の発展、また、ミズガルズ王国の更なる発展を祈り、杯を上げたいと思います。乾杯」

 参列者が揃って静かにシャンパングラスを掲げる。

 緊張でのどが渇いていたのもあってカイトがグラスのシャンパンを一気に飲み干すと、すかさずウエイターが新しいグラスをカイトのもとに給仕した。

 セルリアンとケンゾーは「自分たちのことは気にせず楽しむように」とカイトに伝えるとステージを早々に降りた。

 続いてステージを降りたカイトへ最初に声をかけたのは、トワゾンドール魔道士団の第四席次を示すマントを纏ったアルテッツァと、第七席次を示すマントを纏うセリカだった。

「カイト卿。アルテッツァ・ガンディーニと申します。やっとご挨拶できます」

 アルテッツァが差し出した右手を握ったカイトは、握手に応じながら自分も名乗った。

「カイトです。俺もお会いしたかったので、嬉しいです」

 アルテッツァと笑みを交わすカイトへ向けて、セリカも右手を差し出した。

「セリカ・サインツと申します」

「カイトです。よろしくお願いします」

 セリカと握手を交わすカイトへ向ける、アルテッツァの眼差しがわずかに憂いを帯びる。

「ダイキ卿には大変お世話になりました。二年前の戦場で私はダイキ卿のおそばにいながら、何もできず……」

 アルテッツァはまず謝罪を口にするだろうと、ある程度は予測できていたカイトはすかさず応えた。

「父とアルテッツァ卿は、立場や年齢を越えて仲が良かったとマジェスタさんから聞いています。今度ゆっくり、父について聞かせてください。俺には父の記憶と呼べるものがほとんど無いので」

 カイトの反応への感謝を表すように、アルテッツァは朗らかな笑みを浮かべてうなずいた。

「はい。是非」

「それと、アルテッツァ卿。お願いが、もう一つあるんですが」

「何でしょうか?」

「俺に対しての敬語は無しにできませんか? 平たく話してもらえると嬉しいんですが」

 カイトの提案を聞いたアルテッツァは一呼吸置いてから答えた。

「……分かりました。いきなりは難しいですが、努力してみます」

「お願いします。セリカ卿も、よろしければ敬語は抜きに」

 カイトが視線をセリカへ移すと、セリカは微笑を浮かべて首肯した。

「分かりました。カイト卿からいただく最初の提案ですから、私も努力して意向に添いたいと思います」

 初めての短い会話でアルテッツァとセリカに対して好感を抱いたカイトは「この国の国防を担う筆頭魔道士団のトップに立つなんて、どう考えても自分には荷が重い」という憂鬱な重しが少し軽くなったように感じた。

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